ギャリー・マバット:トッテナムに40年いるがこれほどの興奮は久しぶりだ

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The Mail Plus/Joe Bernstein

ギャリー・マバットは、コンテによるチーム再建、ガッザの苦悩、タオルを巻いたクラフ、そしてコロナ禍に6500人以上のスパーズ・ファンに電話をかけた献身的な努力について語った。

ノッティンガム・フォレストの現監督のスティーブ・クーパーは、今日シティ・グラウンドで行われるトッテナム戦の前にアントニオ・コンテと会うときには服を着ているものと思われるが、最も有名な彼の前任者は必ずしもそうでなかった。

「ブライアン・クラフは、シティ・グラウンドで先発メンバー表が提出するとき、我々を待たせていたものだ」と、長年スパーズのキャプテンを務めたギャリー・マバットは振り返る。

「キャプテンや監督は、午後2時15分にはレフェリールームにいることになっていたんだ。私はピアシー(スチュアート・ピアース、当時のフォレストのキャプテン)やテリー・ベナブルズ(当時のトッテナムの監督)とおしゃべりしていると、クラフィがサウナを終えて腰にタオルを巻いただけの出で立ちで、最後の最後に駆けつけてきたんだ」

その昔、フォレストとスパーズはイングランドのフットボール界で最も魅力的な試合の1つであり、この度、フォレストが1999年以来初めてプレミアリーグで復活したのは良いことだ。

両チームの最も有名な対決は1991年のFAカップ決勝で、そこでは本が一冊書けるほどのストーリーが展開された。ポール・ガスコインが自らの危険なタックルで自爆負傷し、クラフがFAカップ初優勝を逃し、ギャリー・リネカーがPKを外した後にトッテナムが逆転で勝利を収めた。

キャプテンとしてウェンブリーの階段を上り、チャールズ皇太子とダイアナ妃からトロフィーを受け取ったのはマバットだった。その後、マバットは選手団を率いてグレース王女病院に向かい、ガッザに優勝カップを見せ、優勝メダルを手渡した。

それ以降、両クラブはともに苦境に立たされることになった。トッテナムは30年間で2つのトロフィーしか獲得しておらず、フォレストはそのほとんどを下部リーグで過ごしている。

そのため、今日のシティ・グラウンドでは、あらゆる意味での両チームの復活を祝うことになる。マバットは木曜日にトッテナムを代表してイスタンブールでチャンピオンズリーグの抽選会に参加し、フォレストでは16人の新入団選手に1億5千万ポンドを投じてプレミアリーグへの復帰を祝った。

1991年のFAカップ決勝戦の半分でもドラマチックになれば、満員御礼の観客と世界中のテレビ視聴者が楽しむことができるだろう。

「トッテナム以外の誰もが、クラフィにFAカップ初優勝をさせたくて、フォレストを応援していた」と当時をマバットは振り返る。

「ガッザは決勝まで行くのに我々の守護神だったんだ。彼はそのシーズンで最高のプレーをしていたが、あの試合の前半では全てがうまくいかなかったね」

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