アンジ・ポステコグルー – エリート・マネージャーの信念とアプローチ

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私にとって、本当に貴重な体験だったのです。その体験が私と父の距離を縮めてくれました。父はエンターテイナーを見るのが本当に好きでした。1970年代初頭から始まった体験です。父はリーズが好きで、エディ・グレイやピーター・ロリマーのような選手を愛していました。私が覚えている最初のワールドカップである1974年で父はヨハン・クライフとオランダ代表についてのめり込んでいました。

1970年代初頭から中頃にかけて、私はリバプールを追いかけ始めました。彼らがプレーしていたフットボールは私の父も興奮していたからです。ポゼッション・ベースのチームでした。父は私が好きなフットボールに影響を与えたので、それが今も私の心に残っています。私は父を興奮させるような選手になれなかったので、選手生活では本当に苦労しました。私はディフェンダーであり、技術的能力にはかなり限界がありました。

私の父は数年前に亡くなりましたが、私のチームが試合をするときは今でも父がスタンドで観ていると思いこんでいます。父はこのチームを見て楽しんでくれているのか?それが私がこれまでやってきたことの道標(みちしるべ)でした。

すべてのルーツはどこなのかということは、私の信念を疑問視するオーナーやメディア、サポーターからのどんな意見よりも強力に根付いているので、決して私は変えることができません。あまりに根が深いので決して変えることはできないんです。

2. 目標とする指導者像の理解

アンジ・ポステコグルー:

哲学はその人物の内側の湧き出るものでなければならないのです。その人物が何者であるかを反映しているものでなければならない。成功を決定づける哲学は1つではありません。ディエゴ・シメオネやユルゲン・クロップやペップ・グアルディオラの信念を変えるべきだと考える者はいないでしょう。

彼らの信念は、単に見たことや学んだこと以上のもの、つまり己の中にある何かから始まっています。したがって、最初に理解すべきは、その人物が何者であるかを理解し、目標とする指導者像を理解することです。そうすれば、自分に合った哲学やシステムが見つかります。

なぜなら、ドレッシングルームに入って多くの人たちと話しているときにわかるのは、選手たちはその人物が本物なのか、誰かの真似をしているのかを見分けることに長けているからです。

選手たちはその人物とその信念を試すでしょう。もしその人物の言っていることが己の心の奥底から出たものでなければ、揺らいでしまいます。結局、まずは自問自答を繰り返すことになるんです。

「ペップ・グアルディオラのようにプレーしたい」と言いながらも、内なる魂がディエゴ・シメオネだとしたら、ある時点で断絶が生じます。必然的にプレッシャーにさらされると、本来の自分に戻ってしまうんです。

私は幸運でした。なぜなら、私の哲学は5歳の頃、父の手を握ってフットボール・グラウンドに足を踏み入れ、人生で最も力のある人だと信じている父への尊敬から生まれました。それは私がコーチングを終えるその日まで決して変わることはありません。それは揺らぐことがないのです。

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