スパーズ・ファンへの手紙 – デヤン・クルゼフスキ

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親愛なるスパーズファンの皆さん

僕にとって、自分の物語を語るのは大したことではない。イングランドの人たちにしてみれば、僕はおそらく今でもイタリアから来た面白い名前のスウェーデン人だと思われているだろう。

でもこのクラブで2年以上過ごして、僕は皆さんと共有したいことがいくつかある。いくつかのクレイジーな話だね。いくつかの人生の教訓。たぶん、1人か2人の若者にはインスピレーションを与えることができるかもしれない。今振り返ると面白いのだけど、僕がここに来たとき、イングランドの多くの人たちは僕にあまり期待していなかったように思う。

正直に言うと、僕自身も何を期待していいのかわからなかったほどだ。

当時、僕はフットボーラーとして、厳しい状況に置かれていた。

ユベントスでの試合に先発出場したのは6ヶ月で1度きりだった。フットボールをプレーするために命を捧げ、一生懸命練習してきたのに、自分のポジションでプレーする別の選手たちを観続けることになるなんて、とても気分が悪かった。正直に言うと恥ずかしかったし、自分には価値がないとさえ感じていた。僕の実力が足りない、足が遅すぎると言っていた人もいた。そういった言葉は100%影響を与える。それが普通であり、それが人間なんだ。その言葉に耳を傾けてしまうと、そこには悪魔が舞い降りる。

僕が尊敬する唯一の批評家は姉のサンドラで、当時も騒音をシャットアウトするべきだった。そして姉は歯に衣着せぬ物言いだ。僕がゴールを決めているときでさえ、彼女はこう言う。

「大切なものを失っているわ。あなたにはハングリーさがないのよ。きっと満たされ過ぎなのね」

それで僕の導火線に火がつく。

「姉さんは僕にリスペクトがない。僕がこのフットボールにどれだけ捧げてきたかを知らないくせに」

でもサンドラは真実を語る。彼女は僕が子供の頃からプレーしているのを見てきた。そして、僕が悩んでいるとき、彼女はそれを知っていた。僕がユーベで苦しんでいたとき、彼女は「デキ、いつからヘタレになったの?」と言ってきた。

環境を変えなければならないことはわかっていた。

ある日、僕はエージェントのエールに「どこか無いか?」と尋ねた。

彼は「ああ、難しいね」という感じだった。当時は2022年1月の移籍マーケットが閉まる数日前で、もう時間がなくなっていたからだ。でも、彼は僕に折り返しの電話をして、トッテナムが興味を持っていると言ってきた。

僕はこう言った。

「イエス!出発するよ。次の便はいつだい?」

彼は1時間以内に出発すると言ったので、僕は自分の部屋に走っていき荷造りを始めた。ガールフレンドのエルディナと一緒に住んでいたけど僕は泣き始めた。そして彼女も泣き始めた。2人とも理由は分からなかった。たくさんのことが一度に起こったんだ。僕らはキスをし、また泣いて、空港へ向かった。その便に乗り遅れるわけにはいかなかった。

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