トッテナム・ホットスパー公式ドキュメンタリー『Radu Drăgușin: Life & Recovery』は、ルーマニア代表ディフェンダー、ラドゥ・ドラグシンが直面したキャリア最大の試練と、その背後にある家族の支えを克明に映し出している。
ガラタサライ戦の悲劇と誕生日の残酷な宣告
悲劇はヨーロッパリーグのガラタサライ戦で起きた。ボールをクリアした直後、右足を地面についた瞬間に走った鋭い痛み。ドラグシンは「何かがおかしいとすぐに分かった」と振り返る。
「これまでも怪我はあったが、あの感覚は別物だった。膝が正しくない位置にあると感じたんだ。あんなに小さな動作で、9ヶ月も離脱することになるなんて信じられなかった」
さらに過酷だったのは、精密検査の結果を知らされたタイミングだ。医師からの電話を受けたのは2月3日、ドラグシンの誕生日当日だった。ACL(前十字靭帯)断裂、全治9ヶ月。最高のはずの日は、一瞬にして絶望へと変わった。
280日の孤独を支えた「カルボナーラ」と「チェス」
リハビリ期間中、ドラグシンの心の拠り所となったのは婚約者のイオアナと、愛犬のラグナルだった。イタリアでの生活が長かったドラグシンは、料理にも強いこだわりを持つ。
「今日は本物のカルボナーラを作るよ。計量なんてしない、感覚でいくのが一番だ。イタリアではいつも(当時チームメイトだった)クルゼフスキやロドリゴ(ベンタンクール)、クティ(ロメロ)たちがイタリア語で話しかけてくれて、温かく迎えてくれたんだ」
また、ドラマ『クイーンズ・ギャンビット』に影響されて再開したチェスも、彼の精神的な回復を助けた。チームメイトのオースティンらと同じレベルで競い合い、盤上で戦略的思考を研ぎ澄ませる時間は、ピッチから遠ざかっていた彼にとって重要な刺激となった。
クリスタルパレス戦、332日ぶりの感涙のカムバック
2025年12月28日、セルハースト・パークで行われたクリスタルパレス戦。ドラグシンはついにベンチへと戻ってきた。奇しくもこの日は、彼を支え続けたイオアナの誕生日でもあった。
「この瞬間をずっと待ちわびていた。家族がスタンドで見守る中での勝利。これ以上の復帰戦は望めない。僕にとって最高のカムバックになったよ」
81分、ついに交代ボードに背番号6が掲げられる。負傷から332日。アウェイのサポーターからの多大なる拍手に包まれ、ドラグシンは再びフットボールの舞台へと踏み出した。

