/マウリシオ・ポチェッティーノのルーツから成功の秘密の数々がここに明かされる

マウリシオ・ポチェッティーノのルーツから成功の秘密の数々がここに明かされる

 

アルゼンチンの農家の息子が如何にしてイングランド・フットボール界の人気者の一人となったか。この稀有な物語の謎解きを始めるのに、ビエルサは格好のスタート地点だろう。

当時ベッドで寝ていた14歳の少年ポチェッティーノに最初に目を留めたのは、現在リーズ・ユナイテッドの監督を務める彼なのだ。現在の我々の時代では児童保護の観点から警告を受けそうな話だが、この場合は全く無罪な状況であり、よく知られている逸話である。

ニューウェルズ・オールドボーイズのユースでコーチを務めていたビエルサとアカデミー責任者のホルヘ・グリッファは、若きタレントを求めパンパを回っていた。彼らが近郊のサンタ・イザベルでのコーチング・コースを訪れたその時に、マーフィーにかなり優れた才能を持った選手がおり、ニューウェルズの最大のライバルであるロザリオ・セントラルが目を付けていると小耳に挟んだ。ビエルサはロザリオへ戻ることを提案した。だが、既に日も暮れ、夜も遅くなっていた。グリッファはマーフィーに向かうことを主張した。

He was taught by Marcelo Bielsa (centre, with Argentina at the 2002 World Cup)

昨年、ブエノス・アイレスのレコレータ地区にある瀟洒(しょうしゃ)なアパートメントに現在83歳になるグリッファを訪ねた際にはこう回想した。

「彼らの家に着いたのは午前2時頃だった。とんでもない話だったね。私は窓をノックしたんだ。マウリシオの母親が応えてくれた。彼女は私が誰だか分かったんだよ。家にあげてもらって私は彼らに大豆や他の作物の話を始めた。もちろん、そんな話には全く興味はなかったんだがね」

彼らはついにこの深夜の訪問の核心に至ることに成功した。グリッファは例の有名な逸話を事実であると認めている。ポチェッティーノの両親に、寝室で就寝中の14歳のマウリシオ少年を見せてもらえないかと願い出た。そしてその家で寝ている少年を見た時に、まさに声を上げて叫んだのだ。

「何という脚だ!これこそフットボーラーの脚だ!」

マウリシオ少年の生まれながらのフットボールの才能を見抜いた彼らの眼力に間違いはなかった。時間が経過し、非常に有能なセンターバックだと証明された。当時見抜けなかったことと言えば、ビエルサがフットボール界全体に及ぼした影響、およびポチェッティーノがイングランドに及ぼしたそれである。現在のイングランド・フットボールの復活を語る上で、まさかアルゼンチンがスタート地点だとは思えない。が、ニューウェルズ・オールドボーイズで始まった革命は、確かに世界中にインパクトを与えたのだ。

ロザリオは石油精製、石油化学工業、製造業の発達した、広大なパラナ川を湛える居心地の良い街である。またフットボールによって二分された街でもある。地域全体がニューウェルズの赤と黒かあるいはライバルチームであるロザリオ・セントラルの黄色と青によって塗り分けられている。しかし、それ程までの敵対心が燃え盛っていても、首都ブエノスアイレスこそがその国の圧倒的な象徴であり、所詮は地方の街での出来事に過ぎないのである。