/再起を果たしたロチェルソ、スパーズでの新たなる挑戦

再起を果たしたロチェルソ、スパーズでの新たなる挑戦

2016年まで、セントラルでは彼の売却についての重圧が大きかったわけだが、精神的に負担となっていたのは価格と移籍先についてであった。


「彼はアルゼンチンフットボールにおける新たなルビーだ。」とエル・グラフィコでは紹介されていた。

「彼はアルゼンチンにおいて最も才能のある選手だ。」

セントラルの副会長であるリカルド・カルローニはそのように語った。

パリ・サンジェルマン(以下PSG)、そして当時監督であったウナイ・エメリは、彼の長所を攻撃センスだけでなく適応力、そしてハングリー精神にも長けていると評価した。

「彼は皆にとってのお手本なんだ。」

エメリは続けて語った。

「彼は粘り強くプレーし、それでいて謙虚なのだ。」

ネイマール、キリアン・ムバッペ、そしてエディソン・カバーニは出場機会が減少するだろう。しかし、エメリはロチェルソのパスとエネルギーが中盤において機能すると信じてやまなかった。そして、彼を中盤の位置でプレーメイカーであるピボーテとして起用することを決めた。

その実験は賛否両論の結果を引き起こし、チャンピオンズリーグでのアウェイ、レアル・マドリード戦での敗戦で幕を閉じた。そのため、ロチェルソのピッチ上あらゆる場所に顔を出すプレーは批判に晒された。

「PSGのレベルにそぐわないし、彼のプレーには困惑させられた。彼はチームにとっての障害物となっていた。」と、当時ディアリオ・スポーツでこき下ろされていた。

エメリは解任され、代わりにトーマス・トゥヘルが代役を務めたわけだが、それによりロチェルソは構想外となった。PSGで54試合6ゴール9アシストを記録したロチェルソだが、昨シーズンから新たなるスタートをベティスで切ることになった。

キケ・セティエンの指揮のもとでの流動性の高い戦術は彼の性に合い、ストライカーの背後であるセントラルポジションでより積極的にプレーすることで見事チームに機能した。39試合で14ゴールを記録し、推進力のあるランニング、踊りのように軽やかな足捌き、スルーボールに加えて角度のある場所からの回転をかけたシュートと、これら一連の目が眩むようなプレーを披露したのである。

思い返せば、彼のベストパフォーマンスはカンプノウでのバルセロナ戦、4対3での勝利を果たした際にゴールを決めたときであったかもしれない。

「彼はとんでもなく素晴らしいよ。」

10月にセティエンは語った。

「彼は日に日に成長していくのさ。」

PSGはロチェルソをローンバックする気でいたが、他方ベティス側は長期間彼を留め置くことはないかもしれないという疑念を抱きつつ、4月に買取オプションの行使をし、約2500万ユーロで買取を成立させた。

ヨーロッパの他ビッグクラブはもう一年待つ準備をしていたが、トッテナムはロチェルソ獲得に早期に着手したわけである。そして、水曜の段階でロチェルソはチームメイトとベティスのファンにベニート・ヴィジャマリンで別れを告げた。

彼らは残留を望む声を彼に届けたが、それはあまりにも遅すぎた。ベティスでの在籍期間は1年間、あまりにも早すぎるお別れであった。

Tottenham Hotspur