/ジョゼ・モウリーニョはどのようにしてスパーズのタイトル獲得を台無しにしたのか?

ジョゼ・モウリーニョはどのようにしてスパーズのタイトル獲得を台無しにしたのか?

ジョゼ・モウリーニョは『恐怖(Fear)』を信条としているが、アンフィールドでは典型的な守備の交代カードの切り方が失敗を招いた。

12月のアンフィールドで、トッテナムのセルヒオ・レギロンは、ステーフェン・ベルフワインと交代して途中出場した。

クリスマスの9日前というのは、それほど昔のことではないが、今思うとまるで別の世界のようだ。マンチェスター・シティは、ホームでウェスト・ブロムに引き分け、プレミアリーグの順位は8位だった。サウサンプトンは3位。そしてトッテナムは、勝てばリーグ首位に立つことができる状況で、リバプールに向かってった。当時のイギリスは、2度目と3度目のロックダウンの間の混乱期にあり、この苦しいシーズンがジョゼ・モウリーニョの相手を消耗させるスタイルが成功するかもしれないと思われていた。

しかし、日曜日の午後にマンチェスター・ユナイテッドを迎える時点のスパーズは、首位のシティと25ポイント差の6位にいる。リーグ戦ではここ18試合中8試合に敗れ、FAカップとヨーロッパリーグでも敗退している。先週の日曜日は、ニューカッスルに圧倒され、2-2の引き分けに終わった。

全てがうまくいかなくなるその転機となった瞬間を正確に特定できることは稀だが、今回のスパーズの場合はそれが可能だ。スパーズはアンフィールドで良いプレーをしていた。深い位置に引き、さらに相手に先制を許していたが、得意のカウンターからリバプールを攻略して同点に追いついた。そして、2ゴール目を奪おうと、攻撃を繰り出し続けていた。ハリー・ケインはヘディングを跳ね返され、ステーフェン・ベルフワインのシュートはポストを叩いた。現代のフットボールでは通用しないと思われるリアクティブなフットボールだったが、コロナ禍の世界は平時の世界ではなく、別のルールが適用される。そして、モウリーニョはかつての威勢の良さを取り戻していた。かつて彼がイングランドのフットボール界を魅了したことを思い出させるような時間が流れていた。

そして残り14分、モウリーニョはベルフワインを外し、セルヒオ・レギロンをピッチに送り出した。そこには戦術的な理由があったのだろう。左サイドバックを2人にして、トレント・アレクサンダー・アーノルドを後方に張り付けせるためだ。しかし、それによって試合の流れが変わってしまった。リバプールは攻めれば攻めるほど、自分たちの立場が危うくなることを自覚し、不安になっていた。しかし、その守備的な交代がそれを一変させた。トッテナムの動きが鈍くなったのだ。リバプールは前に出てプレッシャーをかけ、コーナーから勝ち越しゴールを決めた。心理学的には、モウリーニョは試合の流れを見誤り、1度の交代で試合を放棄し、タイトルへの挑戦、そしておそらくトッテナムでの長期的な将来を放棄してしまったのである。