/マウリシオ・ポチェッティーノ:ワトフォード戦を控えての記者会見

マウリシオ・ポチェッティーノ:ワトフォード戦を控えての記者会見

クラブが危機に瀕していると言う人もいるが?

危機? 危機とは狂気のことか? どういう意味だ。ああ、危機か。私たちのように2試合負けたら「危機」という言葉を受け入れてもいいな。別の単語も使えるだろう。一番大切なのは、心の中で感じることだ。数日間、私たちは一緒に過ごし、皆がこの状況を変え、期待されるようなパフォーマンスを取り戻したいと思ってる。もちろん、簡単ではない。自分のやりたいようにできていないと、これもあれも簡単に変えることはできない。難しいだろうね。フットボールにおいて、私たちは懸命に努力しているし、パフォーマンスを取り戻すためのバランスを見つける方法を見つけることができると信じている。

ポール・ガスコインの最近の問題を考えると、現役を引退し指導者になるまでの期間をどう自己管理したか?

確かに、私は幸運な男だったと言わなければならないだろう。妻や子供たちがたくさん助けてくれたからね。34歳でキャリアを終えた時、バルセロナ大学で経済学の教授をしている友人がいたんだ。彼との最初の電話はこうだった。

「ペペ、私は何をしたらよいだろう。トレーニングをしていない時間を有効に過ごすために、頭を働かせないと気が狂いそうだ。私は何かしてないとまずいんだよ」

彼が私のところに来て、2人でビジネススクールに行き、書類に記入し、料金を支払い、一週間後、月曜日から金曜日の午前8時から午後2時まで、それまでとは違う環境で6時間過ごすことにした。そうしてからの一年間が、私を大いに助けてくれたね。私はフットボールを観ている時間が多くて、残念ながら家族とあまり時間を過ごさずにいた。私はすぐにその幻想から抜け出した。(フットボールから)離れなければいけないと自分に言い聞かせたんだ。それから、大学で勉強している世界中の人たちと友達になった。彼らは私がそこで何をしているのか尋ねてきた。私にとって彼らが普通の知人でなければならないので、彼らのことを必要としていることを伝えたんだ。

現役時代は、幻想のなかにいるんだ。そこにいるのは難しいことだが多くの利益があり、多くのネガティブなことがある。人生を違った見方で見ることができたのはとても大きなことだった。私がもっと大人になるためにとても役立ったよ。一年後に大学での授業を終えると、マドリードでコーチのキャリアをスタートした。その後、2008年12月にライセンスを取得し、1月21日にはバルセロナでの最初の試合、ムンジュイック(エスパニョールのホーム)でコペ・デル・レイをメッシやグアルディオラを相手に戦った。スペインで以前所属していたクラブからオファーを受けることができて幸運だった。2006年5月から2009年1月まで、私がコーチとしてキャリアをスタートさせるまでの流れはこのような感じだよ。

フアン・フォイスは週末にプレーするか?

彼はまだ若く、負傷から復帰してアルゼンチン代表でプレーできたのはよかったよ。彼はドイツとエクアドルの試合に出たが良かったね。彼は招集メンバーには入ってくるよ。ピッチ上では同じポジションの選手がたくさんいるからね。

もちろん、一生懸命働くことで、彼はプレーする機会を得るだろう。これから22日間で6試合を戦うので、全チーム戦力が必要になる。彼がアルゼンチン代表でうまくプレーし、それで自信をつけただろうから、私は幸せだ。

ロチェルソとセセニョンはトレーニングに復帰したが、招集メンバー入りはいつ頃か?

正直に言うと、彼らは現時点で、プレーできるレベルからまだまだ離れている。多くの選手が彼らの前にはいるが、彼らがチームに加わったのは朗報だ。これは大きな一歩だ。彼らが離脱していた時間は長い。ここで重要なのは、チームメイトとポジションを争い始めるために、彼らの適応力、理解力を構築することだ。

この数日間のトレーニングセッションで見た良い点は、選手たちのプレーとコミットメントが素晴らしく、トレーニングセッションのレベルと集中力が素晴らしかったことだ。そのため、負傷をしていた選手がそのレベルに追いつき、同じレベルになるのは難しくなっているんだよ。

Tottenham Hotspur