/【コラム】ハンドのルールの悲劇は、より深刻な大局から目を逸らしている [The Irish Times]

【コラム】ハンドのルールの悲劇は、より深刻な大局から目を逸らしている [The Irish Times]

ロイ・ホジソンは「この競技を殺している」と言った。ギャリー・リネカーは「私たちのフットボールを返してくれないか?」と懇願した。ニューカッスルがスパーズ戦の終了間際に「些細なハンド」によるPKで同点に追いついた後、最も称賛された批判の声はジェイミー・キャラガーから発せられた。

「まったくの屈辱だ。まったくのジョークだよ。プレミアリーグであれ、FAであれ、FIFAであれ、ピエルルイジ・コッリーナであれ、この件に関わっている人は誰でもいいからとめてくれ。みんなのフットボールを台無しにしているんだよ。まったくのジョークだ」

キャラガーのこのコメントは逸脱で、Sky Sportsで発するにはもったいないほどだと感じられた。本来なら、トラファルガー広場で怒っているデモ隊の群衆に向かってこう叫ぶべきだったのだが、その前に、誰が関与しているにせよ、顔の見えないフットボール界のエリートたちがこの責任をしっかりと問われることを確実にするための声を発し、それを先導するべきだった。

「ハンドのルールがこの競技を殺している」という話は間違いなく楽しめたが、いくつかの明らかな事実を無視している。スパーズ対ニューカッスルの試合を見ていたなら、最後のPKのドラマがこの試合で最もエキサイティングなものだったことを知っているはずだ。試合自体は誰もが今まで見たことのない最悪のものだった。2つのチームの最高レベルの競技にはまったく似つかわしくない、空と魂を吸いつくしたかのような無能な惨劇となってしまった。

唯一の命の煌めき

スパーズは少なくとも勝つための努力をした。彼らは12本のシュートを枠内に放ち、試合の大半はジョゼ・モウリーニョの支配下に置かれた。そんあ試合が、最後の最後にデウス・エクス・マキナ*の不条理さを、より残酷に、より不公平に、そして、そう、スパーズにとっては残念ながら、より楽しませるものとしてくれた。

*デウス・エクス・マキナとは演出技法の一つである。古代ギリシアの演劇において、劇の内容が錯綜してもつれた糸のように解決困難な局面に陥った時、絶対的な力を持つ存在(神)が現れ、混乱した状況に一石を投じて解決に導き、物語を収束させるという手法を指した。