/ジャーメイン・ジーナス:「大虐殺」のラザニア・ゲート

ジャーメイン・ジーナス:「大虐殺」のラザニア・ゲート

スパーズのクラブ史上で最も重要な試合で起こったあの事件の当事者であるジャーメイン・ジーナスが、その舞台で水曜日に行われるウェストハム戦を前に、ドレッシングでの『大虐殺』を回想する。

今、トッテナムは大きな1週間を迎えている。週末のアーセナル戦は、両チームにとってリーグタイトルへの希望を繋ぐための重要な試合になるが、その前の水曜日の夜にはこちらもまた重要なウェストハムとのダービーが控えている。

あの不名誉な「ラザニア・ゲート」の惨劇によってアプトン・パークでスパーズが散ったのは、2005-06シーズンの最終節。我らスパーズの選手の大半が食中毒に倒れていたあの試合の前に、多くのスパーズ・ファンはこのダービーこそが(スパーズのチャンピオンズリーグ初出場が決まる)特別な試合になると口にしていたであろう。事実、あの日を経験したすべての人にとって「特別な試合」にはなった。

試合の後、ウェストハムの選手たちは廊下でFAカップで優勝したかのように雄叫びをあげ、その傍らで私は苦悶の表情で伏していた。あの時の心境は永遠に私の心に刻まれ続ける。正直に言うと、その苦痛から開放されるのにしばらくの時間を要することになった。

事実、ハマーズはその翌週にFAカップのファイナルでリバプールとの対戦を控えていたが、リーグでの目標はほとんど無かった。一方で、我々は勝てばアーセナルを抜いてチャンピオンズリーグ出場権を確保できる大一番であった。

ウェストハムとのローカル・ダービーであったため、通常であれば選手たちは前日の夜を自宅で過ごすものであるが、クラブにとって極めて重要な試合であり、チームの一体感を高めようとホテルに宿泊したのがケチのつけ始めとなった。

ラザニアにスパゲッティ・ボロネーゼがディナーのメニューにあり、それらを食べ、そして深夜に我々は嘔吐を繰り返すこととなる。まさに騒乱だった。クラブは試合の延期を求めたが、立て板に水。死にそうな容体にありながら我々はプレーをしなければならなかった。多くの選手が空っぽのままでプレーした。

文字通りの「空っぽの胃袋」だ。試合の前に監督のマーティン・ヨルがチームトークをする時でさえ、トイレに篭って出て来られない選手がいたほどだ。ひとたび試合が始まると選手たちはピッチ上で文字通り「ランニング・オフ(スイッチが切れた)」だった。「大虐殺」である。