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グレン・ホドル:深刻な病気で倒れる

 

イングランド代表では53キャップを数え、8ゴールを記録し、2度のワールドカップと1度のヨーロッパ選手権に出場したホドル。しかし、イングランド代表監督としてのキャリアでは、選手時代の彼の持ち味である芸術性と広い視野よりも、ハードワークとタックルを重視した時代の潮流に苦しめられた。

ホドルのスパーズでの最後の試合は1987年のFAカップ・ファイナル、コベントリー・シティ戦での敗戦となった。その後、モナコに移籍し、後のアーセナルの指揮官であるアルセヌ・ベンゲルのもとでプレー。デビューしたシーズンにリーグ・アンを制覇している。

ホドルはイングランドに戻り、指導者とのキャリアを歩み始める。まずはスウィンドンをプレミアリーグに昇格させると、1993年にチェルシーの監督に就任。

スタンフォード・ブリッジでの仕事によってイングランド代表を率いるチャンスを得ると、1998年のワールドカップでスリーライオンズを指揮。

不運にもアルゼンチンに敗れて決勝トーナメント初戦で敗退したイングランド。その後、ホドルは「障がい者は前世の罪への罰」との発言をして職を追われることになる。

サウサンプトンの監督に就任した後、2001年に古巣であるトッテナムに戻ったホドル。2002年にチームをリーグカップ・ファイナルに導くが、リーグで中位を脱却できず、2003年9月に解任されている。

ウォルブスでの監督キャリアも2006年7月に終焉を迎えると、これまでは監督業には就かずテレビ解説者として成功を収めている。

 

 

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