/「ダイビング」:スパーズ破壊の最新兵器

「ダイビング」:スパーズ破壊の最新兵器

 

トッテナムとは何とも不可思議なチームだ。それまで20年ほどリーグ順位で中位をさまよった暗黒時代から、何の正当性もなく“スカイ”が言うところの「ビッグ4」に割って入った最初のクラブである。チェルシー、マンチェスター・ユナイテッド、リバプール、アーセナルが「トップ4」を謳歌する時代を、スパーズは確かに脅かした。

 

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同時期、同様にシティも上昇が期待された。2008年の買収以来、シティは何百万ポンドもの潤沢な資金を補強に投じ、周囲は彼らがトップに躍り出るのは時間の問題と考えるようになった。彼らが予期しなかったものは、ハリー・レッドナップに率いられ、アラン・ハットン、セバスティアン・バソング、デイビッド・ベントリーら選手を擁したスパーズが、シティを退けてリバプールの地位を奪って4位の座に喰い込んだことだ。

 

おそらく、それらのクラブが我々スパーズを憎む理由はそこにある。以前は凡庸なクラブに過ぎないと見なされていたトッテナム。ヨーロッパリーグに届くのがやっとの中位のクラブが、今や彼らにとって「真の脅威」となったのだ。そして彼らはその状況を受け入れているようには見えない。

 

続くシーズンから明らかになっていったのだが、トッテナムはしばらくトップ4を逃すことになるが粘り強く常時トップ6に居続けたという事実。これは他クラブのファンのジョークの餌食となるが、それももっともなことだ。チャンピオンズリーグを夢見つつも、毎年、今一歩のところで届かない。トッテナムがようやくその『ヨーロッパリーグの常連クラブ』としてのステイタスから脱皮して、やっと他クラブのファンたちのうち、先見性があった一部の不安が表面化してきた。

 

ギャレス・ベイルの移籍とともに「ワンマン・チーム」の夢物語は終焉を迎え、穴を埋めるために補強された7人、「マグニフィセント・セブン」は、当初それなりの成果を出したが、最終的にそのうち5人の選手は失敗に終わった。当然のことながら、ベイル・マネーの使い方について多くの批判が寄せられた。しかし、そのベイルが去ってから1年後には、新たな物語が始まり、全てが忘れ去られることとなる。ポチェッティーノは就任以来、歴代のどの監督よりもスパーズは良い結果を残している。スパーズにとって状況は前向きなものとなり、他クラブのファンにはスパーズを野次る新たなネタが必要になった。

 

多くの若きイングランド人選手を育成し、アカデミーからトップチームに引き上げ、ポチェッティーノは再びトップ4に割っているに相応しいチームを作り上げた。だが、ポチェッティーノのもとで挑んだ初のチャンピオンズリーグと同シーズンのプレミアリーグの終わり方は、ベイルとともに挑んだ2010年ほど祝福すべきものではなかった。シーズン最終戦で既に降格が決まっていたニューカッスルに5-1の敗戦。そして、またもや一番のライバルであるアーセナルに順位表で後塵を拝した。一方、スパーズの堅実な成長を覆い隠すようなレスターのおとぎ話によるリーグ優勝は、驚くべきことにいとも簡単に達成された。

 

悔いの残る終わり方ではあったが、スパーズにとっては良いシーズンだった。特にシーズン後半は、その積極的で整ったスタイルのフットボールが遂に最終盤に力尽きるまでの間、多くの優れた結果をもたらした。だが、シーズン中のパフォーマンスではほとんどのクラブを凌駕したにもかかわらず、レスターにタイトルをさらわれたことでトッテナムはジョークの標的となった。実際には一度もシーズン中にリーグ首位に立ってはいないのに、ある意味トッテナムが自滅し、リーグ・タイトルを投げ出したと言う虚構を人々は信じたのだ。シーズン半ばには首位に位置し、最終的にはレスターに次いで2位で終えたアーセナルのファンまでもが、このことでスパーズをあざ笑った。レスターが優勝したその2015-16シーズンに、掴みかけていたタイトルを棒に振ったチームがあるとすれば、それはアーセナルである。

 

いずれにせよ、スパーズが好機を棒に振る物語は続く。

 

その次の2016-17シーズンをチェルシーに次いで2位で終えた後、トッテナムは前年よりも激しい嘲りを受けたように見える。チェルシーに「プレッシャーをかけた」ことで人々はスパーズを笑った。これはどういうことなのか。チェルシーは38試合中30試合に勝利して優勝した。プレミアリーグでの最多勝利記録だ。一方、スパーズは前年より上の順位で終え、プレミアリーグでのポイント数で86というクラブ記録を作った。どちらのクラブもともに良いシーズンを過ごしたが、スパーズはまたしても嘲笑の対象となったのだ。

 

「2番手」としてこれほど強力なチームはなかった。リーグ優勝の筆頭候補でありながら、最後の瞬間に敗れた2011-12シーズンのマンチェスター・ユナイテッドですら、その終わり方について笑われることは無かった。2016-17シーズンのスパーズは、最後の13試合で12勝し、その間に才能あるイングランド人選手を核としてハイ・クオリティなフットボールを披露していたにもかかわらず、世間は貶めようと必死だった。下位のクラブからは、上位のクラブに追いつけないことで笑われた。それ以前には決して嘲笑の対象となることのなかった理由でさげすまれたのだ。

 

ここにダイビングが加わってくる。最新の物語だ。他チームのファンは、今やスパーズを「不正行為を行うチーム」としてコテンパンに批判し蔑んでいる。デレ・アリは確かにそういう評判を築いており、疑いの余地はない。だが、それは本来デレ・アリ一人だろう。今や、ファウルを受けたことで世間の怒りを買わずに済むスパーズの選手は、デレ・アリでも他のどの選手でも皆無だ。これは今後も疑う余地のないこととなってきている。

 

アンフィールドへのトッテナムの遠征は、シーズンを通して続くに十分なドラマと論争を生んだ。試合終了の笛が鳴った時に、一般の意見としてジョン・モス主審(および副審のエドワード・スマート)は「重要で難しい局面において正しい判断を下した」と言うものだった。だが、リバプールのファンは面白く思わなかった。ファン・ダイク(とその他多くの者)はトッテナムの最初のペナルティでケインはダイブだと糾弾した。結果的にそのペナルティは外れたが、これは理解の余地もある。接触はあったにせよ、突進してきたカリウスから当たられるに十分なほどにケインは足を後方に伸ばしていたからだ。

 

厳密には、この動作は審判から有利なジャッジを誘うためのものだが、特段珍しいことではない。ジェイミー・ヴァーディ―、ルイス・スアレス、セルジオ・アグエロのようなストライカーは皆それなりの回数、こういう行為を行っているし、それによって「賢い」と評されており、イエローをもらってもそれは人々の記憶に残らない。莫大な数の名の知れたストライカーたちが同じことをするのに、これがなぜ突然問題としてこれほど厳しく批判され出したのか。

 

とどのつまり、トッテナムはその賛美や成功に値しないという意見に強引に導くために、世間は新たな物語を必要としていたのだ。フットボールにおいてダイビングと言うものは毎週のように起こっている。海外のリーグばかりではなくプレミアリーグでもだ。ラヒーム・スターリング、クリス・スモーリング、ジェイミー・ヴァーディ、ハリー・ケイン、デレ・アリ、ジャック・ウィルシャー、ダンカン・ワトモア、アシュリー・ヤング、ジェイムズ・ミルナー、ダニー・ウェルベック、アダム・スミス、ダニエル・スタリッジ、マーカス・ラシュフォード、アーロン・クレスウェル、ロス・バークリー、セオ・ウォルコット、ウィルフレッド・ザハ。すべて近年、シミュレーションでカードをもらったイングランド人選手たちだ(ザハは他国の代表を選択したが)。もはや外国の選手たちだけではない、イングランド育ちのスターたちもなんら変わりはないのだ。

 

だが、明らかにここ数週間、ダイビングが大きな問題となっている。「ケインやアリは見逃されている。イングランド人だからだ」、と。国籍は関係ない。アリやケインはこの問題で、他の誰よりもより厳しい状況に立たされている。

 

ケインとアリの2人には、その行為で出場停止を受けるべきとの多くの声があがるほどだ。ほとんど毎週のようにダイブをする選手を擁しているクラブのファンからの抗議だ。ケインや(フィルジル・ファンダイクに脹脛の裏を蹴られて倒れた)ラメラにすら憤慨しているリバプールのファン。彼らはその直後のサウサンプトン戦で(昨シーズンのスパーズ戦でペナルティを自らもらいに行ったように見えた正にその選手だ)フィルミノのダイブを見ている。フィルミノの出場停止を求める声はどこへ行った?それ以来、アンフィールドで声高にダイブを批判したクロップは、ダイブへの不平を止めている。

 

実際問題として、ダイブの問題に関してはどのクラブも容疑者を抱えている。どんな監督でも他のクラブのダイブを非難すればそれは偽善だ。状況が変われば自分たちが恩恵に与かる側となるからだ。サム・アラダイス、ユルゲン・クロップ、アルセーヌ・ベンゲルなどは全員この件に関して同罪だ。チームが不利を被る立場の時には批判するが、実際自分の選手たちは同じことをしようとも、それを糾弾し自制させることはないのだ。批判するか受容するか、どちらかに一貫性を持つべきだ。

 

スパーズのマウリシオ・ポチェッティーノ監督は、その発言によって「ダイブ擁護」の立場をとったかのように捉えられ、少々の攻撃を受けた。ポチェッティーノは、「審判の裏をかく」ことはゲームの一部に過ぎないとし「2〜30年前はこのように審判を上手く扱った選手にはおめでとうと言ったものだ」と語っている。このコメントは当然に他チームのファンから「出場停止だ!」「罰金を科せ!」「フットボールを侮辱している!」などの糾弾を受けた。だが果たして、シミュレーションをゲームの一部として受容することは、自分に不利な場合のみそれを非難することに比べて、より悪いものだと言えるのだろうか?

 

昨シーズンのスパーズのFAカップ準決勝の結果はチェルシーの方へと向いたが、その試合でヴィクター・モーゼスはソンのタックルに身を投げ出している(モーゼスは決勝のアーセナル戦でダイブにより退場となった)。ソンの軽率なタックルが判断ミスでもあったが、モーゼスの明らかなダイブで、ポチェッティーノは論争に巻き込まれることを懸念し、それについて試合後にコメントすることを拒否している。他の多くの監督は、何がしか批判をしただろう。これはたとえカップ・ファイナルへの道を断たれることになっても、ポチェッティーノが戦略としてのダイブを受け入れているという明らかな証拠である。彼のダイブに関する意見はファンのそれとは異なるかも知れない。だが少なくとも、他の多くの監督たちのような、矛盾と欺瞞(ぎまん)だらけの憤慨にまみれたものではない。

 

実際に、プレミアリーグで2011-12シーズン以降、ダイブにより受けたイエローカードの数は、チェルシー、リバプール、サンダーランド、マン・シティらがスパーズを上回っているのだ(その内、2シーズンでスパースはギャレス・ベイルを抱えていた)。これは明らかに、トッテナムの選手がダイビングに関わっている場合にのみ、不当な偏見に満ちた敵意が働いていることを意味する。

 

ありとあらゆるダイブを批判することは正しいのか?あるいは、現代のゲームの一部として受け入れるべきか?これはハッキリと答えが出る問題ではない。我々はみな、この美しいゲームが公平公正であることを望んでいる。間違ったジャッジや明らかにペテンにかけるような行為で試合が決まることほど酷いものはない。このことが、VAR(ビデオ判定)の導入に繋がっている。だが同時に、ユベントス、バルセロナ、レアル・マドリーなどの試合を観たものは、ヨーロッパのビッグクラブが、いかに審判を欺くことに長けているか、長年それを自分たちに有利なものとして利用してきたかを知ることとなるだろう。

 

ユベントス(特にキエッリーニ)はフットボールのダークなスキルに関して熟練している。審判の弱点を餌食とし、セットプレーを守る際にはグランドに転がり、ジャッジを求め、対戦相手の犯したフットボールのあらゆる不正を告発する。そのやり方に審判も彼らの言い分を信じるほかなくなるのだ。そういったことが許されるフットボール文化のなかにいるからこそ、彼らはそうするのである。そういう文化を持たないチームと対戦するとき、それは彼らのアドバンテージとなる。おそらく、昨シーズンのチャンピオンズリーグで彼らの活躍の一部は、それで説明がつくかもしれない。イングランドのクラブに対して我々ファンは、ただ誠実であることのみを要求することはできる。だが、母国のトップチームにヨーロッパの舞台でより大きな成功を期待するのなら、あるいは少し馬鹿正直なやり方を控えることが必要になってくるのかもしれない。

 

ダイビングに関する世間一般の評価がどうであれ一つ確かなことは、ひとしきり続いた論争が収まった後には、新たな論点が作り出されるだろう。そして間違いなく、スパースがまたその論争の中心になるのだ。トロフィーにまつわる過度の話題が続くのか、イングランド代表チームの失敗か、スパーズは売り手クラブであるとの話を蒸し返すのか。新たな物語は間違いなく形を成してくるだろう。

 

トッテナムが築き上げようとしている「新たなビッグクラブとしての地位」の影に、他のチームは恐れ慄(おのの)いている。だが、彼らが何回もゴールポストを移動しようとも、スパーズの得点は止むことなく続いていくようだ。

2019年のカレンダー(スパーズ公式)