/【コラム】今、あなたの魂の奥底に問いかけて欲しい [Fighting Cock]

【コラム】今、あなたの魂の奥底に問いかけて欲しい [Fighting Cock]

フットボールクラブのサポーターという集団には驚嘆させられる。あたかも今受け取っている幸福以上のものを受け取る当然の権利があるかの如くに、クラブに対し世界のすべてを要求する。本来クラブから受け取れるものがあるとしたら、それは見返りではなく無償のものであるべきなのに。

 

また同様に驚かされる類としては、どう問題を解決すべきか知っているように振る舞うファンがある。つまりその問題はトロフィーを掲げた時点で解決するのだ。そう、まさに彼らは成功への完璧に近いシナリオを周到に計画している。彼らによれば、それほどまでに簡単なことらしい。実を言うと、個人的にはこんなことがあれば面白いと思っている。次の移籍マーケット期間で2億ポンドを費やし、それでヨーロッパでもベストの2クラブ、リバプールやマン・シティとタイトル争いにどう効果を発揮するのか見てみたい。

それでも再び敗れたならば、お手軽な青写真ばかりを描いているファンたちはどういった反応をするのだろう。新たな次元で耐え忍び、どのように不満を並べるのだろうか。口から泡を吹き、最後通告を叫び、恐怖の権化と化すのか。内なるサノス(アメリカンコミックの登場する極悪キャラ)とチャネリングし、ゲームを終わらせるよう要求するのか。今や確実に手中にできると思えるほどの栄光に向かい、着々と近づいてきたこの道程を、すべて消し去ろうというのか。道程とは結局、目的地がどこかに尽きる。こうしたファンたちは見返りが欲しいのだ(我々は皆そうであろうが)。しかし、そのためにあっさりと他のすべてのことを犠牲にする。あたかもフットボールは「勝利を得ること」がすべてで他には何の意味もないかの如くに。それは我々の原点である「大胆不敵(To Dare Is To Do)」の精神とは対極に位置するものだ。

しかしもちろん、スパーズが勝利を逃さない方はいいとは思っている。失敗を楽しもうとは思わない。だが「失敗」とは主観的なものである。「成長曲線が向上中」と捉える方がいい。チャンピオンズリーグの決勝に進出したのにもかかわらず、実際それを失敗と言えるのか?

そういうファンは自虐的な人たちであろう。クラブに対して少しばかり恥を感じていたようにすら見える。クラブに対する不安が屈折し、自身の動揺を慰め払拭してくれるものを見つけたいという思いに縋りついているのだ。はっきり言えば、自分の気分を鎮めるために否定的な姿勢に向かっているだけなのだ。偉大なる故スティーブン・ホーキンスですら唖然とするようなパラドックスである。

ファンが自分自身を見下してスパーズをサポートすることを笑いとばすのであれば、想像しうる限り最も芝居が過ぎる愚かな行為だ。被害者と見るべきはむしろクラブの方、スパーズの方である。

何かを不当に扱うやり方は、この逃れられないものから現実逃避しようという脅迫観念をよく物語っている。その通り。フットボールをはけ口として利用しているだけなのだ。我々が存在する極当たり前の、「蟻の社会」のような憂鬱な世界から気持ちをそらしたいという集団的社会的願望である。自問してみるといい。あなた自身がクラブをサポートすることを選んだのか?それともクラブがサポーターに相応しい人物としてあなたを惹きつけたのか?この質問は一見して難しそうだが、実はその半分にも満たないくらい簡単なものだ。

サポートするということは、すべてを受け入れると言うことだ。この誇りとアイデンティティという究極の特徴。トッテナムは正にそうでなければいけない。クラブの何たるかは、受けるサポートがどうであるかに尽きる。トッテナム・ホットスパー・フットボールクラブはそのファンである我々そのものなのだ。我々はトッテナムに流れる血流だ。クラブのなかのあらゆる生命の息吹を一つに繋げるファンという存在がなければ、クラブの骨格は空っぽな血管だけになってしまう。それは、ダニエル・レビィをして我々から血を吸い上げるバンパイアに仕立て上げることになるかも知れない。そう思っているファンも一部には存在する。もちろんレビィはそんな闇の怪物ではない。まず第一に、移籍マーケットの期間が終了した日の夜に彼の影を見かけた者はほとんどいない(以上)。要は彼は、我々つまりクラブやその伝統を代表する責務を果たす管理人なのである。