/ラファエル・ファンデルファールト:ファンの質問で振り返る自身のキャリア(前編)

ラファエル・ファンデルファールト:ファンの質問で振り返る自身のキャリア(前編)

 

キャリアのとても早い時期に「新ヨハン・クライフ」と称賛されていたけど比較されるのはどうだった?

他の人にとってはそういう比較も問題ないだろう。でも、個人的にはそれで嬉しかったことは一度もないね。だれかの二番煎じではなく、自分自身の名前を確立したかったんだ。若い時は常に自分が良い選手だと分かっていたけど、どこまで上にいけるかは分からないからね。僕には他の誰も持っていない左足とビジョンがあった。でも、誰よりも素早いわけではなく、右足もズバ抜けているわけではなかった。精進しなければいけない点があったんだ。何か一つ変えられるとしたら、もう少しスピードが欲しかったし、そうだったら素晴らしいといつも言っていたよ。いつも追い抜かれるんじゃなく、逆に他の選手を抜き去って行けるくらいのね!スピードは大きな違いを生み出せるからね。もっと速い選手だったら、キャリアのなかで一度はバロン・ドールも獲れたと思うよ。

 

 

アヤックスで最高の瞬間は?

ハイライトはいくつかある。子供の頃の最高の瞬間は10歳で、アカデミーにいる時だった。全身アヤックスのトレーニングジャージを身に着けて、すぐに自分のことをアヤックス所属の選手と実感したのを覚えているよ。その時からずっと、僕の目標はクラブに留まること、そしてファーストチームでデビューすることだった。17歳の時にそれが叶った。シニアのメンバーに選ばれたと父に報告の電話をした時のことは、今でも鮮明に覚えているよ。ファーストチームで居場所を確立してからの最高の瞬間は、フェイエノールト戦のバックヒールでのゴールだね。あんなゴールを決めると、それ以上の特別な経験なんてまずありえないと実感するものだよ。

 

ズラタン・イブラヒモビッチとは何があったんだ?本当に脚を折ると脅されたのか?

うん、彼はそう言ったよ。でも、ズラタンは誰にでもそう言ってたんだ。当時、僕らは単純に合わなかったと言うのも本当だ。でも、彼みたいに正直者のチームにいる方がいいよ。例え、少々言い争うことがあってもね。でも、特に口論したことは無いんだ。ただ、馬が合わなかっただけさ。

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