/ハリー・ケイン、ゼロから100までの道

ハリー・ケイン、ゼロから100までの道

僕にとっては、アーセナルから否定されたことは人生に起こった一番良いことだね。2015年の僕にとっての最初のノースロンドン・ダービーの試合前、ブーツの紐を結んでいるときに、11歳の頃のことが頭に蘇ったんだ。ユースチームでアーセナル相手にプレーしたときのことだ。デジャブのようだったよ。僕は試合前はいつも頭の中でシュートシーンを正確に視覚化するんだ。左足からのカーブをかけてとか、ボックスの右コーナーから右足でのボレーとかね。僕のいつものやり方なんだ。本当に細かいところまでシナリオを作るんだよ。相手選手やそれこそ芝の刈り方とか、もう全部をね。

この時は、赤いアーセナルのシャツを着た守備の選手を映像化していた。鳥肌が立ったよ。

トンネルで待機している時、こう考えてたんだ。

「OK。12年かかったけど、どっちが正しくどっちが間違っていたか見せてやる!」

 

その日、僕は2ゴールあげた。86分の決勝ゴールは、それまで試合前の視覚化でも思い描いたこともなかったくらいだ。ヘディングだった。多分それまで決めたヘッダーの中でも最高のものだね。それがネットに突き刺さったときの感覚と言ったら...。自分のキャリアの中でもあれほどの恍惚感は経験したことがないよ。

 

試合終了の笛の後、ピッチを一周りして、ファンに拍手していた。その時の感覚を覚えているよ。「な、そう言っただろう」って感じさ。

単にアーセナルに勝ったと言うだけではなく、もう少し奥深いものなんだ。何かを証明すること。自分自身に、そしてそれまでの道程のあらゆる場面で僕を信じていてくれた家族に。ミルウォールやノリッチ、レスターにいるときでも、自分自身で本当にやれるのかどうか疑わしくなっていた時ですらね。

プレミアリーグで100ゴールを達成した今は、何人かの人たちにお礼を言うのに絶好の機会だ。

ありがとう。思わしい結果が出ない時でも支えてくれたフィアンセのケイト。

ありがとう。アーセナルからリリースされた後、公園で僕の肩に手をまわしてくれた父。レスターのフラットで最悪の時間を過ごしていたときに、僕を諭してくれた家族のみんな。

ありがとう。僕をあちこち送り迎えするための運転に数えきれないくらいの時間も費やしてくれた母。いつもお母さんとしてそこにいてくれた。

ありがとう。チャーリー兄さん。気の遠くなるような時間を僕との1対1のプレーに付き合ってくれた。そして時々、テディ・シェリンガムみたいにやらせてくれた。

ありがとう。トム・ブレイディ。生まれてこの方、ウェイトトレーニング・ルームも見たことないようなヒョヒョロに見える奴らに希望を与えてくれた。

ありがとう。チームのみんな。特に試合に出れない時にトレーニング中にわざわざやってきてこう言ってくれた仲間。「君は十分プレーするに相応しいよ」と。その言葉は当時の僕には世界の全てだった。

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