/ハリー・ケイン、ゼロから100までの道

ハリー・ケイン、ゼロから100までの道

アーセナルを辞めた後は、しばらく考えて、もといた地元のクラブへ戻った。その後、ワトフォードのスカウトの目に留まってトライアルのオファーをもらったんだ。その後どうなったかは奇妙な縁だね。ワトフォードの一員としてトッテナム戦でプレーして、それがトッテナムのアカデミーに入るきっかけになった。白いシャツの方が僕には合っていたね。初めてアーセナルと試合したときのことを覚えている。その時からすでに反骨心があったんだ。馬鹿馬鹿しく聞こえるかも知れないけど...。放出されたとき僕はたったの8歳だったし。でも、彼ら相手に戦うたびにこう考えていた。

「よしっ、どっちが正しくどっちが間違っているか、見せてやろうじゃないか」

 

今になって思えば、僕にとって起こったことのなかで一番良かったことなのかも知れない。それまで無かったような意欲を僕のなかに芽生えさせてくれたからね。

 

 

プレミアリーグでの100ゴールを達成できて本当に嬉しいよ。トッテナムからローンで出されていた2年間、「プレミアリーグで1ゴールでも決められるチャンスは巡ってくるのだろうか」と自問する時が何度もあった。でも、その間、大いに学んだことも確かだ。2012年にミルウォールへ行った時のことを覚えている。僕らは激しい残留争いのなかにあった。知っての通り、彼らのファンは情熱的なことで有名だからね。他とはレベルが違うよ。ザ・デン(ミルウォールの本拠地)で戦った最初の頃の試合で、あるプレーでレフェリーが酷いジャッジを下したんだ。その時のたった一つだよ。突然スタンドのファンがピッチに物を投げ入れ始めた。もう色んな物をね。大量にさ。審判は試合を止めざるを得なくなって、観衆が静まるまで5分ほどかかったね。とても忘れられるもんじゃないよ。僕はまだ18歳だった。周りを見回して、「なんだこれは、もう...正気の沙汰じゃないね」って感じだったよ。

シーズンが進んで僕らはまだ降格圏を彷徨っていた。控室ではこんなこと言う選手たちもいた。

「おい君、もし降格したなら俺の週給は半分になっちまうんだ」とか「降格したら、俺は契約解除だよ」とかね。

家には小さい子供たちがいるような選手たちだ。その時から僕は試合を全く違った観点で見るようになったよ。本当にね。単なるスポーツとしてプレーしてるんじゃないんだ。家族を養うためなんだ、ってね。フットボールってのはどれだけ危ういものなのか。今、捧げているものが一瞬にして全て無くなってしまうかも知れない。ミルウォールでの経験のおかげて、もう子供じゃいられないって教えられたんだ。僕にとって大切な学びの時期だったよ。僕があそこで良いパフォーマンスができたのも偶然じゃないと思うよ。そしてもっと大事なことに僕らは残留できた。その経験があるからこそ、僕はいつでもミルウォールのファンとの間に深い絆を感じるんだ。たとえ、時々クレージーになろうとも、僕は彼らを愛してるよ。

 

 

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