精神的逆転と日本のファンへの影響
この時期、特に日本のスパーズ・ファンにとっては、心理的な葛藤が一層深くなった時代でもあった。2000年代初頭からアーセン・ベンゲルによる日本との文化的な親和性が浸透し、アーセナルは“日本人にとって親しみやすいクラブ”という印象を確立していた。稲本潤一の在籍や、技術重視のフットボールもまた、日本のファンの美意識と合致していた。
一方、スパーズはその間も着実に地元コミュニティとともに歩み、地に足のついたクラブ経営と選手育成で力を蓄えてきた。しかし、メディアの露出やクラブや選手の認知度の面では、アーセナルに一歩先を行かれていたため、日本においては“格下”というイメージを払拭しきれない部分もあった。
それゆえ、2010年代後半にスパーズが成績でアーセナルを凌駕したことは、日本のスパーズ・ファンにとって極めて感情的な出来事であった。「ついに追い越した」という達成感と、「それでも認知度は追いつかない」という焦燥感が交錯する複雑な心理状況を生み出したのである。
激化するチャンピオンズリーグ争いと16年越しの復讐劇
2021–22シーズン終盤、ノースロンドンの2クラブ、トッテナム・ホットスパーとアーセナルは、再び熾烈なチャンピオンズリーグ出場権争いを演じていた。プレミアリーグの終盤、両者は勝ち点1差でアーセナルが4位、トッテナムが5位。チャンピオンズリーグ出場権の行方は、運命の直接対決に委ねられることになった。
だが、この一戦には試合前から不穏な空気が漂っていた。もともとこのノースロンドン・ダービーは2022年1月16日に開催される予定だった。しかし、直前になってアーセナルに新型コロナウイルス陽性者が1名出たことを理由に、クラブはプレミアリーグに試合延期を申請。これが認められ、試合は突如として延期された。
ところが、実際のところアーセナルの欠場者の大半は、新型コロナではなく負傷やアフリカ・ネイションズカップによる代表招集、さらには累積警告による出場停止によるものだった。陽性者は1名のみ。こうした中での延期申請は、「ルールの抜け道を突いたものではないか」という疑念を生み出し、トッテナムとそのファンの怒りを買った。「アーセナルは不利な状況を回避するために制度を悪用した」との批判が高まり、この延期劇は一種の“心理戦”と化していく。
こうして5月12日に延期されたノースロンドン・ダービーは、もはや単なる順位争いではなく、クラブの矜持をかけた一戦となっていた。
試合が行われたのはトッテナム・ホットスパー・スタジアム。スタンドを埋めた白い熱気の中、スパーズは怒涛の勢いで試合を支配する。ケインがPKで先制し、続けて頭でも追加点を奪う。ソン・フンミンも攻撃の核として活躍し、最終的には3–0という完勝。試合内容、スコア、そしてインパクトのすべてにおいて、トッテナムがアーセナルを圧倒した。


