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【独占】マラドーナは“トッテナム加入寸前”だった──シェリンガムが語る破談の理由と、その後のクリンスマン加入

【独占】マラドーナは“トッテナム加入寸前”だった──シェリンガムが語る破談の理由と、その後のクリンスマン加入

✔ シェリンガムが「マラドーナはスパーズ加入寸前だった」と証言
✔ アルディレス監督が獲得を本気で検討
✔ “baggage(問題の多さ)” が理由で破談、代わりにクリンスマン加入

レポート

talkSPORTの独占インタビューで、元トッテナムのテディ・シェリンガムが、1994年にディエゴ・マラドーナがスパーズ加入寸前だった事実を明かした。

当時の監督オジー・アルディレスは、アルゼンチン代表で共にプレーしたマラドーナの獲得を本気で検討しており、シェリンガムに意見を求めたという。

シェリンガムは当時をこう振り返った。

「オジーが『マラドーナを獲ろうと思っている』と言った瞬間、僕は『絶対に獲るべきだ』と答えたよ」

しかし、数週間後にアルディレスは「問題が多すぎる」と判断し、獲得は断念。代わりにユルゲン・クリンスマンの加入が決まった。

破談の背景:1994年のマラドーナ

当時のマラドーナは33歳。キャリア終盤に差し掛かっていたが、依然として世界的スターだった。一方で、オジーが加入を狙っていた直前の1994年W杯では薬物検査で陽性となり、途中帰国を命じられるなど、ピッチ外の問題が深刻化していた。

ナポリ時代には15か月の出場停止処分、犯罪組織との関係報道など、クラブがリスクを懸念する要素が多かった。

クリンスマン加入へ:代役以上の存在に

マラドーナ獲得は破談となったが、スパーズはすぐにクリンスマンを獲得。加入当初は1990年W杯での“ダイブ疑惑”などで懐疑的な声もあったが、1994/95シーズンにリーグ20得点を記録し、FWA年間最優秀選手賞を受賞した。

クリンスマンはその後も1997/98シーズンに再加入し、短期間ながら強烈なインパクトを残した。

記事解説

今回の証言は、スパーズの歴史における“もしも”の中でも最大級のエピソードといえる。1994年当時、マラドーナは世界的スターでありながら、ピッチ外の問題がクラブにとって大きなリスクだった。

アルディレスが獲得を本気で検討した背景には、アルゼンチン代表での信頼関係があったと考えられる。一方で、破談の判断はクラブとして極めて現実的で、結果的にクリンスマンという“代役以上の補強”につながった。

もしマラドーナが加入していれば、スパーズの歴史は大きく変わっていた可能性がある。しかし、クリンスマンの成功を考えれば、破談はクラブにとって最良の結果だったとも言える。

今回の証言は、スパーズの補強史における知られざる転機を明らかにするものだ。

投稿元:talkSPORT『Diego Maradona was set for Tottenham transfer until “baggage” derailed move』