2025/26シーズンのプレミアリーグが幕を閉じてから数日が経過した。地球上で最大のフットボールの祭典、2026 FIFAワールドカップの開幕まであと6日に迫っている。
すべては6月11日(木)英国時間20時、メキシコシティの有名なアステカ(現在はエスタディオ・バノルテとして知られる)で、共同開催国のメキシコが南アフリカを迎え撃つ一戦からスタートする。
アメリカとカナダを加えた共同開催となる今大会は、1930年に記念すべき第1回大会が開催されて以来、23回目のワールドカップとなる。
この夏のフットボールフェスティバルに向けてビルドアップしていくにあたり、最高の舞台に登場したスパーズの選手たちの歴史を振り返ってみよう。

アラン・マレリーとマーティン・ピータース
1970年メキシコ大会へ、前回王者のイングランドと共に2人のスパーズの選手が向かった。1人は主要な大会でのプレー経験が豊富な選手であり、もう1人はこの舞台を初めて味わう選手だった。
マーティン・ピータースとアラン・マレリーは、1970年3月にピータースがウェストハムから加入した後、1969/70シーズンの終盤に我々の中盤で7回共にプレーしていた。その数ヶ月後、彼らは再びコンビを組んだ。今度はアルフ・ラムジー率いるイングランド代表の一員として、スリーライオンズがジュール・リメ・トロフィーの防衛を目指す戦いの場であった。

当時ウェストハムに所属していたピータースは、すでにワールドカップの優勝を経験していた。ウェンブリー・スタジアムで行われた1966年の決勝でゴールを記録し、イングランドが延長戦の末に西ドイツを4-2で破るのに貢献していたのだ。マレリーはその大会での出場を逃していたため、1970年にワールドカップデビューを果たし、4年前にピータースが残したのと同様の印象を大会に刻むことを目指してメキシコへ渡った。
世界王者として予選を戦う必要がなかったイングランドにとって、4年ぶりとなるワールドカップの真剣勝負は、グアダラハラで行われたグループ3のルーマニア戦だった。2人のスパーズの選手は、ゴードン・バンクス、アラン・ボール、ボビー・チャールトン、キャプテンのボビー・ムーア、ジェフ・ハーストらと共に先発出場した。そしてハーストが65分に決めた一撃により、イングランドは順調なスタートを切った。

スパーズの2人はルーマニア戦で90分間フル出場し、その4日後、ペレ、リベリーノ、ジャイルジーニョ、カルロス・アウベルトらを擁するマリオ・ザガロ率いるブラジルとの対戦でもフル出場を果たした。この試合は第1ラウンドのハイライトであり、質の高い2チームによる戦いとなった。バンクスがゴール前をいっぱいにダイブし、ペレの叩きつけるようなヘディングをクロスバーの上に弾き出した、フットボールの歴史に残るセーブが生まれた試合でもある。結果としてはジャイルジーニョが決勝点を挙げ、ブラジルが勝利を収めた。
これによりイングランドは勝ち進むためにチェコスロバキアを破る必要があったが、アラン・クラークの50分のペナルティキックによって見事にそれを果たし、レオンで行われる西ドイツとの準々決勝へと駒を進めた。それは4年前の決勝の再戦だった。

ピータースとマレリーにとって、それは様々な感情が入り混じる試合となった。イングランドは試合前に体調を崩したゴールキーパーのバンクスを欠いていたが、2人のスパーズの選手がゴールを決めた時点では試合をコントロールしているように見えた。まずマレリーが31分に先制ゴールを挙げ、ハーフタイム明けの49分にピータースが追加点を奪い、西ドイツを突き放したかに思われた。
しかし、フランツ・ベッケンバウアーとウーヴェ・ゼーラーのゴールで同点に追いつかれ、1966年と同様に、決着をつけるために延長戦へ突入した。今度は西ドイツが勝者となった。ストライカーのゲルト・ミュラーが残り12分で決勝ゴールを決め、ピータースとマレリー、そしてイングランドのワールドカップ連覇の道はここで断たれた。

2年後、マレリーはスパーズでのハイライトを迎えた。ホワイトハート・レーンで行われたUEFAカップのウルブズとの決勝セカンドレグでゴールを決め、トロフィーを掲げたのだ。彼はサンシーロでのACミランとの準決勝でもゴールを記録している。
1964年にフラムから加入した彼は、1972年に再びフラムへ戻るまでに373試合に出場した。1967年にFAカップで優勝し、1968年にデイヴ・マッケイからキャプテンを引き継ぎ、1971年にリーグカップ、そして1972年にUEFAカップを獲得した。
前述の通り、ピータースは1970年3月に加入した。260試合に出場して76ゴールを記録し、1971年と1973年にリーグカップ、1972年にUEFAカップのタイトルを獲得し、1974年のUEFAカップ決勝でもプレーした。彼は1975年にノリッジ・シティへ移籍している。

記事解説
クラブ公式の記事は、1970年W杯におけるピータースとマレリーの存在感を丁寧に描いている。特に西ドイツ戦で両者がゴールを決めた場面は、スパーズの歴史に刻まれる象徴的な瞬間だ。
また、ブラジル戦での“バンクスの伝説のセーブ”や、当時のイングランド代表が抱えていた選手層の厚さも浮き彫りになっている。ピータースは既に世界王者としての経験を持ち、マレリーは初のW杯で堂々とプレーし、両者ともクラブと代表の両面で高い評価を得ていた。
クラブ公式がこのタイミングで1970年大会を振り返った背景には、2026年大会の開幕が迫る中で、スパーズの歴史における“W杯で輝いた選手たち”を再確認する意図がある。ピータースとマレリーの活躍は、クラブの国際舞台での存在感を象徴するエピソードとして語り継がれている。
投稿元:Spurs at the World Cup | 1970(Tottenham Hotspur Official)

