2025/26シーズンのプレミアリーグが幕を閉じてから10日。我々は早くもその先を見据えている。地球上で最大のフットボールの祭典、2026 FIFAワールドカップの開幕まであと1週間と迫っている。
すべては6月11日(木曜日)英国時間20時、メキシコシティの有名なアステカ(現在はエスタディオ・バノルテとして知られる)で、共同開催国のメキシコが南アフリカを迎え撃つ一戦からスタートする。
アメリカとカナダを加えた共同開催となる今大会は、1930年に記念すべき第1回大会が開催されて以来、23回目のワールドカップとなる。 この夏のフットボールフェスティバルに向けてビルドアップしていくにあたり、最高の舞台に登場したスパーズの選手たちの歴史を振り返ってみよう。

ジミー・グリーブス(1962年、1966年)
ジミー・グリーブスのワールドカップにおける物語は、彼が出場した試合よりも、欠場した試合の文脈で語られることが多い。しかし、ウェンブリー・スタジアムで行われた1966年の決勝戦での不在にばかり焦点を当てるのは、この伝説的なストライカーのイングランド代表でのキャリアに対して不当だ。
スパーズ在籍時、グリーブスは2つの大会にまたがり、イングランド代表としてワールドカップ本大会の7試合に出場し、1ゴールを記録している。
1962年のFAカップ決勝バーンリー戦で先制ゴールを決め、勝利に貢献してからわずか数週間後。そのシーズン、スパーズで29試合に出場して30ゴールという記録を打ち立てていた好調のストライカーは、チームメイトのモーリス・ノーマンと共に、ウォルター・ウィンターボトム率いるイングランド代表スカッドの一員としてチリへ向かっていた。

グリーヴジー(グリーブスの愛称)はイングランドの全4試合に先発出場した。ハンガリーに1-2で敗れて大会をスタートさせた後、スリーライオンズはフォームを上げてアルゼンチンを3-1で下し、ジミーが3点目をネットに揺らした。続くブルガリア戦はスコアレスドローに終わったが、準々決勝に進出するには十分であり、そこには強豪ブラジルが待ち構えていた。
ペレを欠いていたとはいえ、ブラジルのスカッドには至る所に質の高い選手が揃っていた。好調のガリンシャを擁するブラジルはイングランドに1-3の敗北を与え、彼らを帰路に就かせた。
4年後、グリーブスは間違いなくイングランドのフットボール界で最高のゴールスコアラーだった。シーズン半ばに肝炎を患ったものの、母国でワールドカップが開幕するにあたり、彼には大きな期待が寄せられていた。
ジミーはアルフ・ラムジーのスカッドで唯一のスパーズの選手であり(ラムジー自身がトッテナムに在籍したことのあるもう1人の人物だった)、今回も彼は初戦から関与した。グループステージの3試合すべてに選出された彼は、ゴールこそ奪えなかったものの役割を果たした。イングランドはウルグアイ(0-0)、メキシコ(2-0)、フランス(2-0)との試合を経て、グループ首位で通過した。

しかし、グループ最終戦のフランス戦で負ったすねの負傷により、アルゼンチンとの準々決勝は欠場となり、ジェフ・ハーストが彼の代わりに入った。イングランドは1-0で勝利し、準決勝でもポルトガルを2-1で下した。だが、ラムジーは西ドイツとの決勝戦に向けて勝利したチームのメンバーを変更しないことを選択し、グリーブスはベンチに置かれた。
その後のことは誰もが知る通りだ。ハーストがハットトリックを達成し、スリーライオンズはワールドカップを制覇するという最高の瞬間を迎えた。一方、グリーブスは「もし自分が出ていたら」と思いを巡らせるしかなかった。
幸福な後日談として、グリーブスは2009年、ダウニング街10番地(首相官邸)でついに優勝メダルを受け取った。これは、試合に出場した選手だけでなく、ワールドカップ優勝スカッドのメンバー全員がメダルを受け取るべきだとFIFAが認めたためだ。

歴代最高の選手の1人であるグリーヴジーが記録したクラブ最多の266ゴールは、2023年にハリー・ケインが267ゴール目を決めるまで、50年以上にわたり破られることはなかった。1961年12月にACミランから加入したグリーヴジーは、1962年のFAカップ決勝と1963年の欧州カップウィナーズカップ決勝でゴールを記録した。1967年にはもう一つのFAカップのタイトルをメダルコレクションに加えている。
彼の最終的な266ゴールという記録は、1961年から1970年までの間にすべてのコンペティションで出場した379試合で達成されたものだ。リーグ戦321試合で220ゴール、FAカップ36試合で32ゴール、リーグカップわずか8試合で5ゴール、そして欧州の大会14試合で9ゴール。1962/63シーズンに彼が記録したリーグ戦37ゴールは、単一シーズンにおける個人の最多得点として現在もクラブ記録として残っている。
ジミーはまた、フル代表として57試合に出場して44ゴールを記録しており、そのうちの42キャップと28ゴールはスパーズの選手として獲得したものだ。彼は2021年にこの世を去っている。

記事解説
ジミー・グリーヴスのW杯物語は、しばしば「1966年、イングランド大会の決勝に出られなかった」という一点だけで語られてしまう。しかし実際には、1962年大会で4試合に先発し、1966年大会でもグループステージ3試合に出場した“イングランドの中心選手”だった。
特に1962年大会は、クラブでの圧倒的な得点力をそのまま世界の舞台に持ち込み、アルゼンチン戦でのゴールは代表キャリアの象徴的な一撃となった。1966年大会での負傷は不運だったが、チームが優勝した背景には、グリーヴスがグループステージで築いた土台がある。
スパーズ史上最高のストライカーの一人であり、イングランド代表のレジェンド。彼のW杯ストーリーは“欠場した決勝”ではなく、“出場した7試合”こそ語られるべきだ。
投稿元:Spurs at the World Cup | Jimmy Greaves – 1962, 1966

