レポート
「トッテナムと話した。すごく近かった」──ブルーノが初めて語る“スパーズ移籍寸前”
マンチェスター・ユナイテッドのキャプテン、ブルーノ・フェルナンデスは『The Diary Of A CEO』で、2019年夏〜2020年1月にかけてトッテナム移籍が“ほぼ成立していた”と明かした。「トッテナムと話したし、合意にとても近かった」と語り、当時の交渉が極めて具体的だったことを認めた。
ブルーノは破談の瞬間をこう説明する。
「マーケットの最後の2日で、スポルティングが『売らない。必要だから残す』と言ったんだ」
スパーズはクリスティアン・エリクセンの去就が不透明だったため、当時はロチェルソとブルーノの“二択”として動いていたが、エリクセンが夏に残留したことで“本気のオファー”に踏み切れなかった背景もある。
ブルーノは「プレミアリーグでプレーしたかった。世界で最も競争力があるリーグだから」と語り、当時からイングランド行きが最優先だったと明かした。「満員のスタジアム、トップクラブ、トップ選手──子どもの頃からの夢だった」と続け、移籍への強い憧れを語った。
「夢のクラブはマン・ユナイテッドだった」──スパーズは“最有力候補”だったが…
ブルーノは「イングランドでの夢のクラブはマン・ユナイテッドだった」と語りつつ、「当時、僕にとっての選択肢はトッテナムで、彼らが示したプロセスにはとても満足していた」と述べ、スパーズ移籍に前向きだったことも強調した。つまり、スパーズは“現実的な第一候補”、ユナイテッドは“夢の最終目的地”という構図だった。
記事解説
この記事は、ブルーノ・フェルナンデスが“スパーズ移籍未遂”の全貌を語った重要な証言だ。2019年夏、スパーズはエリクセンの後継としてロ・チェルソとブルーノを並行して追っていたが、エリクセン残留とスポルティングの土壇場拒否が重なり、ブルーノ獲得は実現しなかった。
ブルーノ自身はスパーズのプロジェクトに満足しており、移籍に前向きだったことも明らかになった。これは当時のスパーズが“ポチェッティーノ最終期の魅力”をまだ保っていた証拠でもある。
最終的にブルーノは“夢のクラブ”であるマン・ユナイテッドへ移籍し、現在はプレミア最多アシスト記録を更新するなど、リーグ屈指の選手へと成長した。
しかし、もし2019年夏にエリクセンが退団していれば── もしスポルティングが売却を認めていれば── ブルーノはスパーズの10番としてプレミアを席巻していた可能性が高い。
そして、特にポチェッティーノの終盤を含めた期間の「クラブの慎重すぎる補強姿勢」が、現在のスカッドの弱化を招いたことへのファンの批判においても、このブルーノ・フェルナンデスの移籍騒動は象徴的なものとなるだろう。
投稿元:Bruno Fernandes explains why Tottenham transfer collapsed

