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【余韻】フェルトンゲンが語る“バトル・オブ・ザ・ブリッジ”の記憶と今も残る鳥肌

【余韻】フェルトンゲンが語る“バトル・オブ・ザ・ブリッジ”の記憶と今も残る鳥肌

✔ フェルトンゲンが“バトル・オブ・ザ・ブリッジ”を10年越しに回想
✔ 「今でも鳥肌が立つ」と語る強烈な記憶
✔ 当時のチームスピリットを“象徴的な瞬間”と位置づける

10年の歳月が流れた今も、いわゆる「バトル・オブ・ザ・ブリッジ」は記憶に深く刻まれている。特にヤン・フェルトンゲンにとっては。

2016年5月、我々は2015/16シーズンのプレミアリーグ優勝争いにおいて、レスター・シティをさらに追撃する望みをつなぐために、チェスシーを破らなければならない状況でスタンフォード・ブリッジへと乗り込んだ。

そこで繰り広げられたのは、あらゆる要素が詰まった、激しく燃え上がるようなロンドン・ダービーだった。両陣営、さらにはタッチライン際でも試合への情熱が沸点を超え、無数のイエローカードが飛び交った。

最終的に、2点のリードが崩れ去り、ホームチームによって2-2のドローに持ち込まれたため、我々は必要としていた結果を得られず、レスターに王冠を譲り渡すことになった。

Jan Bb 3

それにもかかわらず、選手、スタッフ、そしてファンが見せた「勝ちたい」という強い意志ゆえに、この一戦は我々の近代史における象徴的な試合であり続けている。そして、数ヶ月前に別の2-2の死闘(この時はマンチェスター・シティ戦)を観戦するためにN17へと戻ってきたレジェンドである元ディフェンダーのヤンにとっても、その記憶が色あせることはない。

その試合の際に語ったこの元ベルギー代表は、あのチェルシーへの遠征が、我々のチームスピリットをいかに象徴していたかを説明した。

「僕らのプレースタイルや、一丸となったチームの雰囲気を見て、誰もが『俺たちのチームだ』と感じてくれていたと思う」

「『バトル・オブ・ザ・ブリッジ』は、最終的な結果こそポジティブなものではなかったが、少なくとも僕らがすべてを捧げたことを人々は見て、感じてくれた。それこそが、ファンにとって明らかに最も重要なことだったんだ」

あの夜に選手たちが見せたインテンシティと情熱について問われると、ヤンはこう続けた。

「僕らは互いのためにそれをやった。当時のことを考えると、今でも鳥肌が立つよ。人々から『一番の思い出は何か』と聞かれる。それが引き分けという結果(手痛い記憶)であるかどうかにかかわらず、僕はあの試合だと答えるんだ。結果ではなく、僕らがチームとして何を象徴していたかという点においてね。あの11人、あるいは18人、20人の男たちは、何だってする覚悟だった。人々はそういう姿を愛してくれたのだと思う」

スパーズは火曜日の夜、今度はリーグ表の反対側の端(残留争い)における目標を達成するために、ポジティブな結果を求めて再びブリッジへと向かう(英国時間20時15分)。

記事解説

フェルトンゲンの言葉は、単なる懐古ではなく、今のスパーズに向けたメッセージでもある。結果よりも“戦う姿勢”を示すことの重要性は、残留争いの真っ只中にある現在のチームにもそのまま当てはまる。チェルシー戦を前に、クラブの歴史に刻まれた“あの夜の精神”が再び求められている。

The Battle of the Bridge

2016年5月、プレミアリーグ優勝争いの中で迎えたチェルシー戦。激しいタックル、乱れ飛ぶ警告、両ベンチの衝突――いわゆる“バトル・オブ・ザ・ブリッジ”と呼ばれるこの試合は、スパーズの近代史に残る象徴的な一戦となった。

この名称は、英国史における“Battle of the Bridge”という古い戦闘の呼称に由来する。中世から近世にかけて、イングランドでは橋を巡る戦闘がしばしば歴史の転換点となり、橋は「領地の境界」「都市の入口」「軍勢の衝突点」として象徴的な意味を持っていた。英国史には「橋の戦い」が複数あり、特に1066年の「スタンフォード・ブリッジの戦い」が象徴的。そこに、チェルシーの本拠地スタンフォード・ブリッジ(Stamford Bridge)の名称が重なり、激しさと歴史性を帯びた“二重の意味”としてこの呼び名が定着した。

フェルトンゲンは当時を振り返り、「今でも思い出すと鳥肌が立つ」と語り、その熱量がいかに特別だったかを強調した。試合は2点リードから追いつかれ、最終的に2-2で終了。結果としてレスターに優勝が渡る形となったが、彼は「結果ではなく、あの夜に示したチームとしての姿勢こそが記憶に残っている」と話した。

投稿元:‘I still get goosebumps’ | Vertonghen on ‘Battle of the Bridge’, a decade later