レポート
ホドル「スパーズを救うため、アルディレスと名乗りを上げた」
トッテナムのレジェンドであるグレン・ホドルは、ロベルト・デゼルビが就任する前に自ら監督就任を申し出ていたことを明かした。ホドルは1975〜87年にクラブを牽引し、2000年代初頭には監督も務めた人物。3月23日のノッティンガム・フォレスト戦で0-3の惨敗を喫した直後、ホドルとオシー・アルディレスは「クラブを救うために動くべきだ」と判断したという。
「チームには愛が必要だった」——トゥドール政権の崩壊を見て決断
当時指揮を執っていたトゥドールは、7試合でわずか1ポイントという壊滅的な成績。ホドルは「ホームで降格圏の相手に0-3は悪い兆候だった。チームには愛と団結が必要に見えた」と語り、クラブに介入の意思を伝えた。しかしクラブは「別の方向を探している」と回答し、ホドル案は採用されなかった。
クラブはデゼルビを選択——初勝利も残留圏まで2ポイント差
その後、クラブはロベルト・デゼルビを招聘。ウルブス戦で初勝利を挙げたものの、スパーズは依然18位で残留圏まで2ポイント差。ホドルは「誰が監督でも構わない。スパーズが残留することが最優先だ」と語り、クラブへの愛情を強調した。
記事解説
ホドルの発言は真の“クラブ愛”が透けて見える
この半年間、スパーズは監督人事をめぐる混乱が絶えず、クラブOBの中にも“火に油を注ぐ”ような発言を繰り返す者が少なくなかった。トーマス・フランクの解任騒動の混乱期には、外野からの批判や“誰を呼ぶべきか”という声が乱立し、クラブの迷走をさらに深めた側面がある。だが、今回のホドルの発言は、その喧騒とは明確に質が異なる。
ホドルはデゼルビ就任前に名乗りを上げたことを明かしたが、それは“監督レースに乗っかる”ためではなく、クラブが完全に崩れかけていた時期に<strong>「愛と結束が必要だ」</strong>と感じたからだと語っている。デゼルビで落ち着いた今になって語った点も含め、そこには自己顕示ではなく、純粋なクラブ愛がにじむ。彼の言葉は、混乱を煽るためのものではなく、クラブを支えたいという姿勢から出ている。
ただし、タイミングという意味では、シーズン終了後に語ってもよかったのでは、という印象も残る。残留争いの最中に“自分も行くつもりだった”という話は、意図せずとも現体制への圧力として受け取られかねないからだ。それでも、ホドルの発言の根底にあるのは、クラブを立て直したいという純粋な思いであり、他のOBたちの“批判のための批判”とは一線を画している。

