チャンピオンズリーグ・ラウンド16でアトレティコ・マドリードとの再戦を控える中、かつて両クラブのユニフォームを身に纏った一人のサイドバックの物語が注目を集めている。2020年にウルヴァーハンプトンから加入したマット・ドハーティだ。宿敵アーセナルの熱狂的なファンであった過去を「消去」することから始まった彼のスパーズでのキャリアは、コンテの下での過酷なトレーニング、そして国際ローン枠の制限による「契約解除」という異例の結末まで、波乱に満ちたものであった。欧州の舞台で激突する古巣同士の対決を前に、彼が歩んだ数奇な航路を振り返る。
レポート
「禁断の過去」の抹消とスカッドでの苦闘
マット・ドハーティのトッテナムでのキャリアは、フットボール界でも極めて稀な演出で幕を開けた。2020年、1500万ポンドの移籍金で加入する直前、彼が過去にSNS上で宿敵アーセナルを称賛していた複数の投稿が発掘され、ファンの間で大きな物議を醸した。これを受け、トッテナムは公式発表の動画において、ドハーティが気まずそうな表情を浮かべながら自身の古い投稿を一つずつ手作業で削除していくというユニークな自虐演出を公開。宿敵との決別を視覚的に証明することで、サポーターとの間に生じた初期の緊張を和らげようとした。
ジョゼ・モウリーニョの下でスタートしたトッテナムでの生活は、高い期待感に包まれていたものの、絶え間ないフィットネスの問題やポジション争いの激化により、当初思い描いていたような右サイドバックの絶対的地位を確立するには至らなかった。ドハーティは最終的にスパーズで通算71試合に出場したが、その記憶の多くは華々しいゴールよりも、自らの限界に挑み続けた日々と結びついている。
アントニオ・コンテの「地獄」とプロとしての誠実さ
ドハーティは、2022年にアントニオ・コンテが課した過酷なプレシーズン・トレーニングについても、詳細かつ衝撃的な証言を残している。特に韓国遠征などで行われたインテンシティの高いシャトルランを振り返り、「トレーニングが終わる頃には、体の至る所から吐き気が込み上げていた。あんなに厳しいプレシーズンは人生で二度となかった。本当にクレイジーだった」と、肉体的な苦痛を率直に表現。しかし、彼はその厳しさを否定的に捉えるのではなく、「僕らは指揮官の言葉を一言も聞き漏らさなかったし、そうすべきだった。
彼の指導力や情熱については、いくら褒めても足りない」と語り、厳しい要求に対しても誠実に向き合い続けたプロ意識の高さを伺わせた。スカッド内での序列が下がり、ベンチを温める時間が増えても、ドハーティは不平を漏らすことなく、コンテが求める基準に達するために泥臭い努力を継続していたという。
「国際ローン枠」の壁と急転直下の契約解除
ドハーティのスパーズでの終焉は、2023年1月の移籍市場最終日に、誰もが予想しなかった形で訪れた。当初、ドハーティはディエゴ・シメオネ率いるアトレティコ・マドリードへ半年間の期限付き移籍(ローン)をすることで合意していた。しかし、移籍手続きの最終段階で、トッテナムが既にFIFAの規定による国際ローン放出の上限(8名)に達していたことが判明。このままではアトレティコへの移籍が破談になるという土壇場の状況において、クラブはドハーティとの契約を18ヶ月残して全面的に解除するという極めて異例の決断を下した。これにより、彼は「ローン選手」ではなく「完全移籍(フリー)」の形でスペインへ渡ることとなった。
ドハーティは後に「プレミアリーグでプレーする夢はすでに叶えていた。予期せぬ機会だったが、スペインで異なる文化やフットボールに触れることは、自分を人間として高めるチャンスだと思った。一度チャンスが来れば、それを拒むことは不可能だった」と、ボートを降りる際の複雑な胸中を振り返っている。アトレティコでの出場はわずか2試合に留まったが、この数奇な経験は、彼のキャリアにおける特異な一章として刻まれている。
記事解説
移籍のための契約解除:ドハーティが晒された制度の不条理
ドハーティのアトレティコ移籍の舞台裏にある「契約解除」という事実は、現代フットボールにおけるスカッド管理の難しさを象徴している。トッテナムが国際ローン枠を使い切っていたために、戦力として計算していたはずの選手を、1円の移籍金も得られずに手放さざるを得なかった。この「制度の壁」による放出は、当時のフロントによる戦略的欠如を露呈させると同時に、ドハーティという一人の戦士を、ビジネスの都合で海に投げ出したも同然の行為であったと言える。
しかし、彼がコンテの下での「地獄のプレシーズン」を肯定的に語った点は、今のスパーズのドレッシングルームに最も必要な精神性を示唆している。現在のトゥドール体制において、一部の選手が残留争いの重圧から「スイッチをオフ(無関心)」にしていると囁かれる中、ドハーティが見せた「吐き気を催すほどのハードワークへの従順さ」は、まさにコンテが遺したキャラクターの重要性を証明するものだ。アトレティコではわずか2試合の出場に終わったが、彼はシメオネというインテンシティの塊のような指揮官の要求にも、誠実に向き合ったはずだ。
ドハーティがスパーズへの愛着を語りつつも、アーセナルの投稿を消す際の「気まずさ」は、プロ選手が背負う十字架の重さを物語っている。彼のように誠実な漕ぎ手が、制度上の理由でボートを去らなければならなかった過去。そして今、残留の淵で喘ぐトッテナム。アンフィールドでの死闘を経て、今夜アトレティコと対峙するスカッドには、ドハーティがかつて耐え抜いたあの泥臭い執念が必要だ。宿敵への憧れを捨て、過酷な練習に耐え、最後はクラブのために身を引いた。そんな男の歩みを、僕らは単なる「奇妙なキャリア」として片付けてはならない。誠実さの先にこそ、フットボールが返してくれる救いがあるはずなのだから。
情報元:I had to scrub my Arsenal past when I joined Tottenham – but my contract was terminated
Quiz Cockerel
ドハーティの移籍と制度の壁
2023年1月、トッテナムがマット・ドハーティをアトレティコへ放出する際、ローンではなく「契約解除」という手段を選んだ直接的な理由は何か?
1. ドハーティが多額の負債を抱えていたため
2. 国際ローン移籍の枠(上限8名)が埋まっていたため
3. アトレティコが移籍金の支払いを拒否したため
4. アーセナルファンであることが再発覚したため
正解:2
正解は「国際ローンの上限に達していたため」だ。当時のトッテナムは、他の選手を既に8名海外へ貸し出しており、新たなローン移籍が不可能であった。そのため、ドハーティをアトレティコへ送るためには、契約を中途解除して完全移籍(フリー)の形を取るしかなかったという、異例の事態であった。
