アーセナルは1913年に近隣のハイベリーへと移転したが、我々クラブが最初の「N17(トッテナム)対N5(ハイベリー)」の激突で顔を合わせるまでには、7年以上の歳月を要することとなった。現在、フットボールリーグおよびプレミアリーグ(いずれもイングランド1部)における「ノースロンドン」ダービーの回数は169回に達しており、今度の日曜日にトッテナム・ホットスパー・スタジアムで行われる一戦で、その合計は170回となる。なお、我々クラブはフットボールリーグにおいて、ウリッジ・アーセナルとも8回対戦しているが、それはノースロンドンのクラブと、サウスロンドンのクラブの対戦であり、「ノースロンドン」ダービーではない。
最初の「正式な」NLD – 1921年
ガナーズは1886年に「ダイヤル・スクエア」として結成され、その後に「ロイヤル・アーセナル」となり、1893年にプロへ転向した際に「ウリッジ・アーセナル」となって、インヴィクタ・グラウンドやプラムステッドのマナー・グラウンドでプレーしていた。
彼らは1913年にノースロンドンへ移転し、1913年9月6日にハイベリーで最初の試合——旧2部リーグ(現在のチャンピオンシップ相当)を戦い、レスター・フォッセに2-1の勝利した。我々スパーズは、1919/20シーズンに2部リーグのタイトルを獲得し、1921年1月15日、1部リーグにおける最初の「ノースロンドン」ダービーの舞台が整った。
我々はレーン(ホワイトハート・レーン)に集まった39,221人のファンの前で、ジミー・カントレルとバート・ブリスのゴールにより、その試合に2-1で勝利した。
「スパーズは近距離のパスを繋ぐ巧みなゲームを展開した。アーセナルは全力疾走のゲームを展開し、ボールを強く蹴り出して最高速度でそれを追いかけた。終了時、どちらがより効果的であったかを言える者はいなかった」と当時Daily Mail紙は報じた。
一週間後、我々が初めてハイベリーを訪れたことで「N17対N5」は真に本格化したが、この時は我々が3-2の敗北を喫した。

