ジャーメイン・ジーナス、「大虐殺」のラザニア・ゲート
このエントリーをはてなブックマークに追加 Check スパーズ関連のメディア報道・その他2016年3月 2日



スパーズのクラブ史上で最も重要な試合で起こったあの事件の当事者であるジャーメイン・ジーナスが、その舞台で水曜日に行われるウェストハム戦を前に、ドレッシングでの『大虐殺』を回想する。


今、トッテナムは大きな1週間を迎えている。週末のアーセナル戦は、両チームにとってリーグタイトルへの希望を繋ぐための重要な試合になるが、その前の水曜日の夜にはこちらもまた重要なウェストハムとのダービーが控えている。

あの不名誉な「ラザニア・ゲート」の惨劇によってアプトン・パークでスパーズが散ったのは、2005-06シーズンの最終節。我らスパーズの選手の大半が食中毒に倒れていたあの試合の前に、多くのスパーズ・ファンはこのダービーこそが(スパーズのチャンピオンズリーグ初出場が決まる)特別な試合になると口にしていたであろう。事実、あの日を経験したすべての人にとって「特別な試合」にはなった。

試合の後、ウェストハムの選手たちは廊下でFAカップで優勝したかのように雄叫びをあげ、その傍らで私は苦悶の表情で伏していた。あの時の心境は永遠に私の心に刻まれ続ける。正直に言うと、その苦痛から開放されるのにしばらくの時間を要することになった。

事実、ハマーズはその翌週にFAカップのファイナルでリバプールとの対戦を控えていたが、リーグでの目標はほとんど無かった。一方で、我々は勝てばアーセナルを抜いてチャンピオンズリーグ出場権を確保できる大一番であった。

ウェストハムとのローカル・ダービーであったため、通常であれば選手たちは前日の夜を自宅で過ごすものであるが、クラブにとって極めて重要な試合であり、チームの一体感を高めようとホテルに宿泊したのがケチのつけ始めとなった。

ラザニアにスパゲッティ・ボロネーゼがディナーのメニューにあり、それらを食べ、そして深夜に我々は嘔吐を繰り返すこととなる。まさに騒乱だった。クラブは試合の延期を求めたが、立て板に水。死にそうな容体にありながら我々はプレーをしなければならなかった。多くの選手が空っぽのままでプレーした。文字通りの「空っぽの胃袋」だ。試合の前に監督のマーティン・ヨルがチームトークをする時でさえ、トイレに篭って出て来られない選手がいたほどだ。ひとたび試合が始まると選手たちはピッチ上で文字通り「ランニング・オフ(スイッチが切れた)」だった。「大虐殺」である。

試合を終え、シーズンの最終日にアーセナルにチャンピオンズリーグ出場権を明け渡し、隣の部屋ではウェストハムの選手たちが盛大にパーティーを開いているなかで、我々は悍ましい状態にあった。

選手としてあの感情を味わった我々にできることといえば、将来、ウェストハムと対戦する時にスパーズの選手たちを鼓舞するための燃料を与えること。ウェストハムとの対戦で我々は良い思いでも作った。その翌シーズンに、アプトン・パークでポール・スタルテリが終了間際の決勝ゴールを決めて4-3の大逆転劇を演じたように。

トッテナムと戦う試合は、どうやらウェストハムにこれ以上無いほどの熱意を漲らせるようであるが、その事実は私がトッテナムに加入した時には理解していなかったことでもある。

今でも私はいくつか分からないことがある。トッテナムにとっての最大のダービーは常にアーセナルとの試合だ。私がスパーズに在籍している当時、他のダービーで重要さを増していたのはチェルシー戦だった。しかし、選手たちはウェストハム戦を重要なダービーとは見なしていなかった。と言ったら、おそらくウェストハムのファンは激怒するであろう。

私は当時、ウェストハムとの一戦の持つ意味を言葉にしようと試みた記憶がある。確かに地理的には近かったが、例えばチャールトンも同様であった。彼らに煽られようとも、私には憎悪は芽生えなかったし、トッテナムが彼らに敵意を持つ具体的な理由を見出だせなかった。最大のダービーはアーセナルとの一戦であり、それに次ぐのがチェルシー。私にとってそれは今も変わらない。

ここ数シーズンのウェストハムの進化は眼を見張るものがある。アプトン・パークは大いに賑わいを見せているが、そのスタジアムの荒々しい雰囲気が、選手たちの気持ちを高揚させるのであれば願ったりである。今のすべてのスパーズの選手たちは、この対戦カードを過去に経験しているわけではないが、この試合でスパーズに期待されることを知るホームグロウンの選手たちが十分にいる。

週末のサンダーランド戦を振り返ると、アプトン・パークのピッチはとても良好とは言えず。あの乾いたピッチは、グラウンダーのパスを繋ぐには適しておらず、スパーズは手を焼くことになるかもしれない。しかs,マウリシオ・ポチェッティーノ監督のチームはどのような苦境にあっても乗りきれるだけの能力をこれまで誇示してきた。

監督は間違いなく昨年のこの時期のトッテナムのことを思い出しているはずだ。チームがほころびを見せ始めたあの時を。リーグカップのファイナルでチェルシーに敗れ、リーグでも停滞が始まった。

だからこそ、先週のFAカップでクリスタルパレスに敗れた後に、悩ましいヨーロッパリーグの対戦カードであったフィオレンティーナを退けて、さらにスウォンジー戦ではビハインドから逆転勝ちしたことに大いに励まされたことだろう。

これも昨シーズンからチームが大きな転換を遂げたことの証左である。

トッテナム・ファンはいつも最悪の事態を想定してしまう。だが、彼らは腰をゆったりと据えて、今のチームが過去のチームよりも遥かに成熟していることを悟れると私は思う。

今の選手たちが10年前のウェストハム戦で起こった出来事を胸に刻んで戦う必要は無い。あまりにも多くの偶然が重なった出来事ではあったのだが、プレミアリーグの歴史のなかの一つの出来事に過ぎないのだから。

当時、アプトン・パークのドレッシングルームに座っていた瞬間は、私のフットボール・キャリアのなかで最悪のものだった。そして1週間後のFAカップ・ファイナルでスティーブン・ジェラードがウェストハムから終了間際の同点ゴールを奪ったのを、100ヤードの距離から見届けたのは私の最も幸せな瞬間の一つであった。

しかし、ブーリン・グラウンドでの最後のダービーは、トッテナムにとってそのライバル関係を超越した舞台になる。リーグタイトルを目指すための大一番。そちらの方がはるかに重要なのだ。